岸優太を哲学したい

映画オタクが岸くん沼にはまるとこんなことを考えますの典型

「その夜の侍」と岸優太

意外だな、と思った。岸くんが最近観た映画として「その夜の侍」を挙げたとき(18年夏秋ごろ)、"このひとってこんな映画も観るのか…"と思わず感服した。

 

 


「その夜の侍」予告編

 

七年前、映画館のスクリーンでこれを観た。
(以下、アラサーがこの映画について記憶している徒然なのでスルーしてください)

 

妻を轢き逃げされた男と、轢き逃げした男。その一瞬にすべてを狂わされる男と、とうに狂っているから何ひとつ変わらない男。愛憎のねじれ、綻び、ひずみ。二人の男が一本の線で結ばれたときに息つく終着点がなんとも重くて痛々しい。

珍しくひとと映画を観たのだけど、映画館をでたあと何も言えなかった。お互い閉口したまま別れたと思う。グロテスクなシーンがあった訳でもないが、何かを食べたり、ゆっくりしたり、という気分には到底なれなかった。

日本映画には重くて、暗くて、ノスタルジックでメランコリックな作風が多いけれど、そのなかでもどこか心がほっとする存在だったり、どんでん返しの爽快感だったりがあれば結構に見やすい。

ただ、「その夜の侍」については、キャストの重厚感、救いようのない登場人物たちのクズ加減、希望を打ち消し続けるストーリー展開、銀残しの暗い映像、狂気と愛憎にまみれた暗さ、重さが作りこまれた作品でありながら、何故かシニカルな雰囲気があって、クライマックスなんてどんなトンチキなのだと思わず突っ込みたくなる作品でもある。

 

まあこの際、わたしがこの映画について思うところなんざどうでもいい。

 

とにかく一言で表すとすれば「すさまじいヒューマンストーリー」(岸くん談)であるのだけど、岸くんってばそういう作品に携わってみたい、となんとも唐突にのたまってきたのだ。

ねえ、ねえ、どうしたの。お姉さんはあなたのその奔放なひとことに、不意に見せる幽寂な一面に、こんなにものたうち回る程悶えているというのに。もしや私は妻を轢き逃げされた男で岸くんは轢き逃げした男なんですか。私はあなたが飄々とそんな一言を口にするだけで、容易に狂わされてしまっているわけですよ。

岸くんはときどき素知らぬ顔でファンの想像の斜め上を優に越すような発言をして腰砕けにしてくれる。この発言が映画オタクである私にもたらす破壊力を、岸くんはきっと微塵も知らない。

 

この言及について思い出す岸くんのエピソードがいくつかある。

 

「この先、どんな役でも演ってみたいけれど、うんと三枚目も演じたい。その中にシリアスな部分もあったりする役。どんな形でもいいので、人を笑わせたいし喜ばせたいんです」

そこで挙げた憧れの役者さんは、大泉洋さん、阿部サダヲさん、濱田岳さん、ムロツヨシさん。

「二枚目も三枚目もできて、引き出しがたくさんある、そんな役者になりたいです」

これは「ニセコイ」の公開に合わせた雑誌ラッシュのとき、「bis」内で語っていたこと。俳優として成長したい、俳優として仕事できるのが楽しい、と言っていた。そこで岸くんの口から日本を代表する若手名バイプレイヤーの名前がつらつらと出てくるとは思いも寄らなかった。

 

阿部サダヲさんいえば「彼女がその名を知らない鳥たち」に蒼井優さんと主演しており、これも日本映画らしい日本映画なのだけど、これを岸くんは2018年に観た邦画ベストワンに挙げている。

さらには、「メンバーの岸くんも映画好きで、『超オススメの映画教えてや』って電話して、勧めてもらいました」と永瀬の廉さんが雑誌で語っていた話もある。わかりますか。"超"オススメなんですよ。"超"ですよ。これってなんて素敵。これってなんてパワーワード

 

ただ、「こんな作品に携わってみたい」「こんな役者になりたい」と展望を語る岸くんにはただただ欣快のいたり。慎み深い岸くんならではの、"僕なんかが言及するには大変おこがましいのですが"というニュアンスの一節をやっぱり前置きしつつの、"こんなことしてみたい"という想いを正直に吐露できるようになったんだなと思うと、まさに万感胸に迫る思いではある。

 

日本映画を好んで鑑賞し、その良さを体感し、自ら挑戦したいと希望を語る。そこまでをまるっとセットにして、言葉にならない程、私には胸アツ案件でしかないのだ。

岸くんが地に足のついた目標を掲げられていることに、その目標が夢物語でなく現実のものとして目の見える場所にある現状に。

岸くんを包み込むすべての環境にありがたみを忘れずに、いつまでも岸くんの目標を応援し続けられるオタクでありたい。